365のお題:11-15



11. 酔い
 ピカチュウっているよね。ほら、ミッキーマウスの次に有名なネズミだよ。ほっぺが赤くてさ、なんかふわふわしてそうでさ。なんかもう「ベストオブポケモン」って感じのアイツだよ。
 最近思うんだけどね、ピカチュウ、あいつは今ああいう風に主人公の横に寄添って、正義の味方面、アイドル面してのんきに暮らしてるけど、それって別にあいつが頑張ってるからとか、実際可愛いからってだけじゃない気がするんだよね。
 かんがえても見てくれよ。もし主人公が最初に連れて行くポケモンとして、ドガースとかベトベター……あくまで仮定の話さ。そんなことはビジュアル的に不可能だからね。とにかくそういう、紫色で粘着質のやつが選ばれていたとしたら。そしてロケット団側にいるのがピカチュウだったりしたら、どうなってただろうね。主人公はドガースやベトベターでピカチュウをやっつけて、空のかなたにふっとばさなさなきゃならん。どれだけ愛嬌を振りまこうと、ピカチュウは所詮「主人公の敵」というポジションからは逃れられないんだ。
 しかし、問題はピカチュウに限った話ではないんだよ。たとえて言えば、ロケット団は完全な悪役じゃあないよね。どこか憎めない敵キャラとして描かれている。彼らが連れているポケモンたちも、どこか愛嬌のある連中だ。そりゃ主人公よりは目立ちはしないけれど、ちゃんと存在感を持って物語に登場している。主人公がいてこその悪役。悪役がいてこその主人公。ふたつは切っても切れない関係なんだね。主人公がいるからこそ、悪役は悪役としてのドラマが作れるんだ。
 何が言いたいかって? つまりね、だれでもなんでも、自分の力に酔いしれちゃいけないとおもうんだよ。過信するすることほどよくないものはない。金持ちも貧乏も、ブスも美人も、良いことにせよ悪いことにせよ、そういうものはあるんだ。なぜ自分が今そういう立場にいるのか、誰のおかげか、または何のせいなのか、そういうことを理解して動けるひとになりたいと思うね。ああ、本当にそう思う。
 ……僕? 何いってるんだよ。まだまだ大丈夫さ。僕は己の立場をちゃんと理解しているよ。こんな風に飲んだくれていられるのも、看板近い時刻になっても融通を利かせてくれるマスターのおかげさ。だからほら、おかわり。

2007/12/25/tue



12. 的中
 あなたもうすぐ死ぬわよと言われた。
 それがどうした。俺は言い返した。
 それから俺は八十三年と五ヶ月十二日後に死ぬことになる。
 かくて予言は的中した。
 あの女は神様だったのかもしれないと今になって思う。

2008/03/03/mon



13. レンズ
 男はレンズを持っていた。それは手の平に収まるほどの小さなもので、枠組みすらない。男はたったそれだけで、しきりと空を見上げていた。
 わたしの視線に気付いたのか、男がこちらを向いた。
 何をしているのか問うと、空を見ていると男は言った。何が見えると聞いてみた。やはり空が見えると男は答えた。
 観て御覧と手渡された。男がやっていたように、目の上に掲げて空を見る。レンズの奥でチラリと何かが光った。星信号だと男は言った。このレンズは鉱石ラジオの受信板として使われている、純度の高い鉱石の結晶なのだという。
 星信号は薄っぺらいレンズの向うでちらちら光り続けている。何十億、何百億光年の彼方、どこかの誰かが送った信号が、わたしの手の中で解けない暗号として光っている。
 わたしは男にレンズを返した。男は再び、空を見上げる。何故空を見るのと聞こうとおもってやめた。男もやがて、小さなレンズの中で点滅していた小さな光になるのだろう。

2008/03/14/fri



14. 天体
 真っ暗闇の中にひとつ、まるいのが浮かんでいたのでつついてみた。
 そいつは瞬時にパコンとはじけて、霧みたいになって四方八方に飛んでった。
 ずんずんとんで、まだまだとんで、気流ができて、渦を巻いて、また固まって、そいつらは無数の小さな屑になっていった。金平糖みたいにイガイガしていた屑はやがてひとつひとつが形を整え、小型版の「まるいの」 になっていった。
 おおきいのの側にいくつかちいさいの集まって、ひとつの集団になったりした。でも時が巡るとやがてはじけて、元の屑になり、また集まって、はじけていくのだ。
 その様子が面白くて、飽きずに眺めていた。
 これは微生物の研究ににているな、とか考えていた。

2008/04/25/fri



15. 上を向いて
 目が覚めると、なにやら牢獄のような場所にいた。
 起き上がろうとしたが、体が動かない。寝転がったまま手足を上下運動させるのがやっとといったところである。声を出そうとするも、喉からでるのは言葉にならない吃音ばかりである。
 四方は太く硬い材木が密に並んでおり林のていを成し、出入り口となるようなところはない。牢獄は私の体がすっぽり収まる程度の小さなもので、よしんば体を動かせても、身動きはロクにできぬであろう。天井は抜けている。みたところ、なにか踏み台にできるものがあれば乗り越えられるであろう程度の柵なのだが、立ち上がることもできぬのでそれすら叶わぬ。床は存外暖かく、寝心地は悪くはない。しかしなにぶん、自力で身動きできぬものだから、背中がむれて困る。
 なんということであろう――ありとあらゆる精神世界を自在に行き来していた私だったが、この不自由な体におしこめられては世界のどの地平にたどりつくこともできはせぬだろう。
 それでも助けはないものかとしばらく声を上げていると、やがて頭上に影が差した。誰かがわたしを覗き込んでいる。逆光である。顔はよく見えない。そして、とても大きい。その人物はわたしを抱きかかえると、なんとも軽々しい動作で私を柵の外へとだした。

 火のついたように、とは、まさしくこういう泣き方なのであろうと痛感した。鼓膜を破られそうなほどに激しく鋭く泣き叫んでいたのを、抱きかかえてやるとすぐに泣き止むのだから不思議である。くりくりの二つの瞳をきょとんと見開き、辺りをうかがう。私と目が合うと、じいとこちらを見つめて、まだ言語を知らぬ喉で精一杯、なにやら話そうとするかのように、あーと声をだす。
 本当に、かわいいったらないのである。
 思わず頬を弛ませる。
 この腕の中の赤ん坊がやがて知性の光を得ることが、待ち遠しく、どうじに驚異に思えるのだった。

2008/05/04/sun