365のお題:31-35



31.シングルライフ

 あるとき神さまがやってきて、
「君は今このしゅんかん、世界にただ一人の人間となったよ。さっき、モンゴルのパオの中でひとり死んだから」
 と、教えてくれた。
「そんじゃ、さっきまで『世界にたった二人の人間』だったんですか」
「まぁ、そういうことになるかな」
「さっき母と電話をしたんですけど、あれは何だったんですか」
「気のせいじゃないかな、きっと」
 そんじゃ、僕はこれで、といって神さまは片手をあげると、まばたきの間に消え去った。神さまの跡形は残らなかった。母に電話してみようかと思った。やめといた。電話を書けたところで、母が電話の向こう側に本当に存在しているかなんて、分からない。だって神さまじゃないんだし。
 私はモンゴルの平原で死んだという「地球で最後から二番目の人間」のことを考えた。神さまは親切にも、わたしが地球最後の人間になったことを教えてくれたけれど、「地球で最後から二番目の人間」には、なんの知らせもなかったろう。最後の人間と、最後から二番目の人間とでは、天と地ほどのひらきがあろう。
 そのひとは自分が「地球で最後から二番目の人間」だっただなんて、知るよしもなかったろう。
 わたしは、わたしが「地球最後の人間」として、やるべきことはなにか、考えてみた。なにもなかった。だから「地球で最後から二番目の人間」について考えていた。きっとそのひとも独り暮らしだったのだろう。モンゴルの平原に建てられたパオ(移動式住居?)でひとりきりで死んでいくとは、どんなものだったろう。そこで彼が生きていることを知っているひとはいたのだろうか。たまには友達とおしゃべりしたろうか。ひとりで生きてきたのだろうか。こどもはいないのだろうか。家族はいないのだろうか。いくつで死んだのだろう。若かったらかわいそうだ。年よりでもかわいそうだ。なんだって、ひとりでしんだらあんまりだ。
 私はえんえんと、「モンゴルで死んだ地球で最後から二番目の人間」について考えた。考えるあまり、いつのまにか、窓の外は真っ暗になっていた。夜なのだった。街灯はなかった。それとも今夜世界はおしまいになるのかもしれない。何せわたしは「世界にただ一人の人間」なのだ。わたしは今夜死ぬのかもしれない。わたしは地球で最後の人間でも、わたしのいない後にも世界は続いてゆくのだろうか。それはそれでけっこうなことだ。もしかしたら、地球外からやってくる誰かさんが、モンゴルの草原に一軒だけ立てられたパオのことも発見してくれるかもしれないし。

2013/02/28 THU


32.楽しかったよ!!!

「今日は良い日だったね」
「お天気もよかったね」
「おいしいものも、いっぱいたべたし」
「おいしかったね」
「桜にはまだ早すぎたけど」
「早すぎたね」
「つぼみがついていたね」
「うん」
「来年、また来ようね。桜が咲いたのをしらべてさ」
「そうだね」
「お弁当もつくってさ。よかったらだけど、君のお母さんも誘ったりしてもいいしさ」
「ああ」
「ね、今日は良い日だったね」
「そうだね」
「楽しかった?」
「うん」
「ほんとに?」
 私は立ち止まった。
「とっても、楽しかったよ」
 彼は笑った。彼は左手を大きく前後にふった。つられて私の右手もおおきくゆれた。私の頭も一緒に揺れた。揺れる頭で私はこの人と末永く暮らすことになるのだろうかと考えた。彼はよかったよかったと言いながら何度も何度も腕を振った。
「僕も楽しかったよ」
「そう」私は彼の左手から右手を奪還して、揺れる頭をもとにもどした。「それはよかった」

2013/03/01 FRI


33.私の名前

 われわれは宇宙人である。
 名前はまだない。

2013/03/02 SAT


34.NO TITLE

Neverending (はてしなく)
Organizational (系統だてて)
Telegenic (テレビ映りがよく)
Ideological (イデオロギー的な)
Temporal (現世の)
Literal (文字通りの)
Ebifurai. (エビフライ)

2013/03/03 SUN


35.欠片

 なにかとおもえば、鳥の羽根なのだった。公園の土のうえいちめんに、灰色でひとさしゆび程度の羽根が散らばっているのだった。いろんな色水を混ぜ合わせたものを土ににじませたかのようだった。羽根の根もとはやわらかい産毛のような細かな羽毛が密集しており、先にゆくにつれて、鉱物のような固い繊維があつまって、曇り空の陽を鈍く反射していた。先端にひとさしゆびの腹をあてると、じわりと血がにじんだ。実際それは、ナイフのように硬質なつくりになっていた。鳥の羽根なのだった。何千年も何万年も昔にこの地を飛び立った鳥たちが、一枚ずつこの地に残した羽根の化石なのだった。
 痛いかねと誰かが聞いた。ふくろうだった。すぐ足元にいた。首をうずめてこちらを見上げていた。
 指が切れてしまったろう。
 ここはなんなのですかとふくろうに聞いた。
 公園だよ。ふくろうが答えた。いろんな鳥たちがここを離れて行った。
 どうして?
 さあて。ここは寒いから。
 もう誰もいないのですか?
 いるかもしれない。いないかもしれない。ふくろうはくるんと頭をまわした。どっちにせよ関係ない。
 なぜ。
 あんた、どうしてここにいるんだい。
 探し物をしているのです。
 なにを。
 どこかにあるのです。あるはずなのです。忘れてしまったのです。だから思い出すために、戻ってきたのです。
 この羽根の中をかい? ふくろうは翼を広げた。そうすると、ふくろうの体は三倍も大きく見えるのだった。この灰色の羽根は全部、ここを離れた鳥たちがのこしていったものだ。もう二度と思いだす必要もないものだ。だからここの羽根はするどい。二度と思いださないように切っ先をとがらせてあるから。あんたもさっさと、ここをでてったほうがいい。もうすぐ風がくる。そうすりゃここにもいられない。元の場所にも戻れなくなる。
 あなたはどうしてここにいるんです。
 わたしは最後の警告にきただけだ。戻る気がないなら仕方がないさ。
 ふくろうは急に飛び立ち曇り空のなかに消えていった。
 頬をつめたい風が撫でた。ふくろうが言った通り、もうすぐ風がくるのだ。もどろうと思った。灰色の羽根は歩くと足元でぱりぱりとくだけた。羽根は砕ける度に何かをつぶやくようだった。なにを言っているのかはわからなかった。けれどもそれは、いつかどこかの、誰かのことばのはずだった。その人が一度忘れたっきり、二度とは思い出さないことばだった。わたしもそれを探しに来たのだった。
 風が来た。風は公園中の灰色の羽根を巻き上げた。わたしは風の中に立ちつくしていた。顔を覆う腕にぴりぴりとした痛みがはしった。羽根がからだにあたるたび、ちいさな傷がひらくのだった。風のなかで羽根がくだけた。忘れ去られた無数のことばたちが風の奥にうずまいていた。あのなかにわたしの探すことばもあるはずだった。風はやまない。ふくろうは行ってしまった。ぐるぐると羽根を巻き上げ続けて、わたしはいつまでもそのなかで立ちつくすのだった。

2013/03/04 MON