ちいさな国
昔々あるところに
荒波取り巻く北の大陸
海に突き出た半島に
ちいさな国があった

その国の王様は
きのうまで町のパン屋
アップルパイが評判のちいさな店
そのうまさに人々は言った
「彼を王様に!」

手作りのちいさな城
手作りのちいさな玉座
新しい王様にちいさな冠をのせて
先代の王様は大工にもどった

ある日王様は恋をした
橋の上で異国のダンスを踊る娘
娘も王様に恋をした
よく晴れた日の朝教会の鐘が鳴り響く

王様はアップルパイを焼く
王妃はじょうずにピアノを弾く
ひとびとは唄を歌う
夢のような日々のくりかえし

海から戦がやってきた
空をおおう黒い飛行機の群れ
逃げてきた人々に王様はアップルパイをふるまい
泣きやまぬ子どもに王妃は子守唄をかなでた

終戦をむかえた日
ちいさな国に残ったものは
焼けた農園 壊れたピアノ 盲の画家
ふた親のないこどもだけ

空は快晴
いつかの結婚式のよう
焼け野原には白いキャンバス
絵を描く盲の画家

それはいつかのちいさな国
それは明日のちいさな国
王様は言った「彼を王様に!」
人々も言った「彼を王様に!」

王様は元通りパン屋
おいしいアップルパイを作る
王妃はパン屋のおかみ
上手にピアノを弾く

荒波取り巻く北の大陸
海に突き出た半島に
昔も今もかわりなく
ちいさな国があるという