放課後時間1



「いいですか、明日の時間割は二時間目の国語が、金曜日の六時間目と入れ替わります。注意して置いてくださいね。忘れそうな人、連絡帳に書いておくこと。それじゃあ、今日の日直さん、前に出てきて、終わりの会はじめてください。はーいそこ、ちゃんと話聞きましょう!」
 最後の一言と同時に、僕の右側をビュンとチョークが飛んで、ななめうしろの席のショータに命中した。運悪く椅子でシーソーしていたところだったから、ショータは後ろに向けてひっくり返った。クラスの全員がどっと笑って、僕も一緒に笑った。ショータは照れ笑いしていた。先生はショータのことを睨んでいたけれど、だれも見ていなかったので、先生は諦めてため息をついてから、パンパンと手を打った。
「静かに!」
 あー、眠い。
 僕は机の前に鎮座しているランドセルであくびをかくしながら、時計を見上げた。今日は六時間目まで授業があったから、ずいぶん遊ぶ時間が減ってしまった。僕らが遊べる時間は、下校の音楽「夕焼け小焼け」が流れるまでだ。先生はまだ怒ってる。しばらく続きそうだった。先生、もう歳なんだからあんまり怒ると血管切れるよーって、ショータが小声で言った。先生には聞こえてないみたいだった。僕はため息をついた。
 六時間授業なんて、だれが考えたんだろう。六時間目にもなると昼飯を食べた後で眠たくなるから、授業も頭に入らない。僕たちだって疲れるし、先生だって疲れるはずだ。それに何より、放課後遊ぶ時間が減ってしまう。
 眠たい目をこすって、僕はもう一度あくびをした。前に出て終わりの会を適当に進めている日直に、先生が檄を飛ばしているところだった。一日のおしまいくらい、きちんと終わりなさい、だらだらやっても、時間がのびるだけですよ。日直は、先生をちらりとうっとおしそうに振り向いて、さっきとおんなじようにたらたら終わりの会を進行した。どーでもいいけど、早く終わってほしいなあ。僕の頭の中には、放課後のサッカーのことしかなかった。三組の連中と、日々熱いバトルを繰り広げているのだ。今日の試合で勝利すれば、十連勝なのだ。なんとしてでも勝ちたかった。
 ぎんごーんと、チャイムが鳴った。うちのクラスの終わりの会は、いつもチャイムより五分オーバーして終わる。きりーつ、れーい、せんせい、さようなら。間延びしたあいさつで、やっとこさ長い一日のおしまいだ。
 僕たちはすぐに運動場にとびだした。サッカーボールは運動場の物置にたくさん置いてある。けれど、ちゃんと空気が入っているのは少なくて、ほとんどは空気が抜けているか、もしくは泥だらけだ。昼休みは高学年の人たちに先取りされて、僕らはどろどろかべこべこのボールを使わなくてはいけない。ずるい。僕らだって、きれいなボールを使いたい。だけど放課後は、高学年の人たちはまだ授業中で、僕たちは空気も入って汚れていないボールを使うことができる、たいせつな時間だ。だけどそれも競争で、早く行かないと他のクラスに取られてしまう。
 僕が運動場に急ごうとしたとき、ショータが近づいてきた。唇の端が、クレーンで引っ張られたみたいに持ち上がっている。僕はおもわず身構えた。なにかある。
 ショータは僕の数歩目の前で立ち止まって、腕を組んだ。仕草がどうもワザとらしい。
「なあなあ、俺さあ、考えちゃったんだ」
 ショータがこんな顔して考える事といえば、決まっている。つまらないものを、いかにしておもしろく遊ぶか。算数のテストだってなにも考えないくせに、自分が遊ぶこととなるとショウタはとても張り切る。夜も寝ないで考える。そのエネルギーを他のところで使えばいいのだけれど、本人はそんなこと考えた事もないらしい。
「どうせまたロクデモナイことだろ? 僕、急いでるんだよ」
 ショータの考える『遊び』というのは、たいてい、スリルをともなうものなのだ。僕は早くボールをとりに行きたくて、体は運動場にむけたまま、顔だけショウタに向けた。クラスのみんなは遊びに行ってしまった。僕も早く行きたいのに。
 気持ちを察したのか、ショータは例のニヤニヤ笑いをしながら、
「ボール遊びなんかより、ずっと面白いことだぜ」
 僕は、そんなものがそうそうあるハズがないことを知っていたので(あったとしても、それはショータの考えたアブナイ遊びなので)ショウタの言葉は無視して、さっさと行こうとした。けれど、腕をショータに掴まれていて、走り出せない。僕は苦い顔でショウタを見た。
「なんだよ」僕は先手を打つことにした。「ショータにはつき合わないよ。どうせまた、怒られるような遊び方するんだろ」
 ショータは、僕の口を慌ててふさいだ。まだ先生が教室にいる。先生は、ちらりとこっちを見ると、「早く帰りなさい。放課後に、危ない事はしちゃダメよ」と言い残し、ショータの横を通って去っていった。ショータは先生のうしろすがたに舌をだして、ほうと胸をなでおろした。教室には、もうだれも残っちゃいない。僕と、ショータと、それから熱心に算数の教科書を読んでいる男子くらいだ。
 教室の窓からは、運動場が全部見渡せる。ちょうど、ぶらんこの手前あたりで、ボールを蹴っている姿を発見した。あれは三組の奴らだ。僕らのクラスの男子もいる。あーあ、これでサッカーの試合は完璧につぶれてしまった。窓の外では、ちょうど三組がシュートを決めたところだった。ショータは、僕の気持ちなんて全然気付いてないみたいで、
「とりあえず、話を聞け。絶対おもしれぇから。シンゴ、お前も来いよ」
 残って、今日出された算数の宿題をもくもくと片付けていたシンゴは、困った顔をして、黒ぶちめがねで顔の面積の三分の一を支配された顔を上げた。めがねをかけて、ひ弱そうな体系の彼は、見ためは某探偵漫画の主人公にも見えるのだけれど、彼ほど勇気もなくて、元気もなくて、いつも青白い顔で机に向かっている。いわゆる、がり勉クンだ。
 ショータの考える遊びは確かに面白くて、スリル満点で、楽しいのだけれど、大人からは怒られる。アブナイそうだ。僕を含めるクラスのみんなは、ショータの考える遊びの楽しさを知っている。だけど、みんなも怒られるのはゴメンだから、ショータの遊びにはだれも参加したがらない。だからショータは、放課後まで残っている男子をターゲットにして、片っ端から声をかけてくんだ。前回は、僕の前の席のタカハシが目をつけられてた。ショータの考える事は、とてもわかりやすい。だから、クラスのみんなはショータの遊びに誘われると、たいていことわる。けど、ショータは算数の問題は全然とけないけれど、こういうカンだけは、とてもよく働く。みんなすぐに見破られて、ショータの遊びに参加することになるんだ。楽しいからいいんだけどね。遊んでいる間は。
 で、マジメで勉強好きな優等生のシンゴも、
「あの、ぼく、宿題をやりたいんだけれど」
 僕とかショータがこんなことを言えば、たちまち嘘だとばれてしまうけれど、シンゴの場合、これが一番まともに聞こえる。なんでこいつは、こんなに勉強が好きなんだろう。
「宿題なんて、少々忘れてもバチはあたらねえよ」
 ショウタほど宿題をやってこないと、そのうちバチがあたってもおかしくないと僕は思う。渋い顔をした僕らを見て、ショータはふんと鼻から息を吐いた。
「絶っっ対、おもしれえのに」
 何を根拠に言っているのか知らないが、こういう顔をしたショウタが持ちかける話は、間違いなくおもしろいことを僕は知っている。シンゴも知っている。クラスのみんなが知っている。
「なにがそんなにおもいしろいんだよ」
 ショータは僕たちを交互に眺めると、満足そうに頷いた。ショータの遊びに「つき合う」と言った覚えはないのだけれど、ショータの中で僕の質問は、そう理解されてしまったらしい。ショータはいつになく真剣な声で、顔を寄せてきた。
「お前ら、タナカ先生の歳を知りたくはないか?」