放課後時間2



 タナカ先生は、何才だろう。
 だれが言い出したことなのかはしらないけれど、最近、僕たちのクラスはこの話題で持ちきりだった。こんなこと知ったところで、僕らに何の得があるわけでもないけれど。でもさ、そんな時期って、だれにでもあるだろう? 大人に取っちゃあヘみたいな話なんだけど、僕らにとっちゃあ、どんな漫画やゲームよりも、ずっとずっとオモシロくて、ワクワクする話なんだ。オトナにはわかってもらえないかもしれないけどね。
 タナカ先生は、僕ら四年一組の先生だ。よく忘れ物をしてくるし、怒っても怒ってるようにみえないから、全然怖くない。正直、ちょっと頼りない。だけど悪い先生じゃなくて、おもしろい。僕らと同じ、小学四年生みたいにみえることだってあるくらいだ。だから、タナカ先生は頼りない先生だけど、みんなの評判はそんなに悪くない。あと、タナカ先生は吉本新喜劇は好きだけど笑点が嫌いで、チョーク投げがすごくうまい。僕の知る限りでは百発百中だ。それから、これが今回一番重要ポイントなんだけど、僕の姉ちゃんの話によると、先生は十年前からずっとハタチなんだそうだ。パッと見ただけだとそんな風に見えなくもないし、よく見ると四十歳くらいにも見える。うちのお母さんも言ってるんだけど、目元に小じわが増えてきてるんだって。隠せないものはどれだけ厚化粧しても隠せない。タナカ先生は、ちょっと化粧が濃い。
 一度、ずっとまえ、誰かが授業中に質問した事があった。せんせーほんとはいくつなんですかーって。バカかお前とおもった。だって、そんなの答えてくれるわけないじゃないか。やっぱり先生はちゃんと答えてくれないで、「はくさい」とか「八宝菜」とか「ふんどし」とかありがちな答えを言ってごまかした。そんなのズルイというと、先生はキミ達より長いあいだ生きてきたから、そんなこと数えるのをやめちゃったの、って笑ってた。
 僕、ときどき思うんだ。
 いつ生まれて、今はそれから何年経ったのか、とか。
 だから自分はいくつなのか、とか。
 そんなのは、絶対に忘れない事だと思う。
 知らなかったら別だけどね。だって、誕生日を忘れる人なんているんだろうか。誕生日になればプレゼントがもらえるのだ。そんな貴重な日を忘れてしまっては、大いに困る。誕生日を知っていなければ、プレゼントはもらえないのだから。それに、年をとれば節分に食べられる豆の数だって増えるし、できることが増える。小学四年生ではできない事――例えば、バイクや車を運転するとか、一人で電車に乗って遠くの街まで買い物に行くとか――ができるようになるのだ。
「どうしてオトナは歳を隠したがるんだろうな。別にいいじゃんか、姉ちゃんだろうとオバハンだろうと」
 と、ショータ。僕も頷いた。
「大人の中では大事な問題なんだよ、きっと」
 シンゴが悟ったように言った。そんなことが大事な問題であるオトナの世界とは、いかがなものなのだろう。まだコドモの僕たちには、さっぱりわからない。わからないことだらけだ。
 頭を使うこと全般を苦手とするショータは、すぐに話を変えた。
「そんで、話のほうなんだけど……」
 僕は、ショータが言い始める前に言ってやった。「今回は何を思いついたんだ? 先生がいくつか、わかるのか」
 ショウタはにやりと笑った。「ああ」
「また危ない事考えてるんじゃないだろうな」
「だいじょーぶだよ」
「絶対か?」
「絶対だ」
「ホントに?」
 ショータは機嫌をわるくしたようだった。
「お前は知りたくないのかよ」
 僕は、返事に困った。だって、僕にとっちゃあ、先生がいくつかなんて、どっちでもいいんだ。ううん、訂正。僕たちにとっちゃあ、そんな問題はヘでしかないのだ。ただ、先生が隠しているから知りたいだけで。ショータもシンゴも、タカハシもイノウエも、クラスのみんなもきっと一緒だ。
 なんで隠すのだろう。そんなにたいせつなことだとは思えない。それとも、大人になったらたいせつなことになるんだろうか。
 やっぱり、わっかんないなあ。僕は頭をかいた。そして、はっとひらめいた。
 先生の歳がわかれば、オトナのなぞを解き明かせる。
 かもしれない。
 僕の顔はそんなに嬉しそうだったのか、それとも持ち前のカンのよさで気付いたのかは知らないけれど、ショータがにやりとわらった。僕も、にやりと笑い返した。間に挟まれたシンゴは、僕らの顔を交互にみてから、ふうとため息をついた。楽しい沈黙だった。へへ、とショータが笑った。
「決まりだな」
 だけど、どんなことにでも問題はついてくる。
「どうやって調べるのさ?」
 シンゴは、僕の思っていることを先回りして言ってくれた。ショータは、漫画みたいに「ふっふっふ」と笑った。
「免許証って、知ってるか?」
 バカにしないでほしい。
「じゃなくて、それに何が書いてあるかだよ」
「何って……何?」
 僕はシンゴに聞いた。
「ええと、名前と、性別と、有効期限と、あと、生年月日かな」
「そのとーり! 俺、父ちゃんに見せてもらったときにな、先生の免許証見れば、年齢がわかるんじゃないかと気付いたわけよ。先生のメンキョショが手に入れば……」
「ちょ、ちょっと待て!」僕は、ショータの言葉を慌てて遮った。「それって泥棒じゃないか!」
「だれがぬすむなんて言った。借りるんだよ。先生に『かしてください』って言って、かりたらパッと見て、すぐ返す。おっしゃ、問題ない!」
 ショウタはガッツポーズして、うししと笑った。ショータは、自分の考えがどれほど犯罪すれすれなのか気がついていない。絶対気付いてない。僕はすこし不安だったけれど、それはなんだか、とてもおもしろそうな話だった。マジメくんで、遊ぶこと(この遊びはショータの考える『遊び』だけじゃなくて、『遊ぶ』という行為全部だ)にいつもあまり乗り気じゃないシンゴの目も、かがやいている。先生はおっとりしていて、僕らのいたずらにも滅多に気がつかないから、そのくらいのことだとばれないかも知れない。貸してくださいって言ったら、本当に貸してくれそうだ。僕はやる気が出てきた。
 なんてったって、小学四年生のオトコのココロは、好奇心の塊でできているのだ。胸には常に、勇気とキボウの光を抱いているのだ。シゲキを求めてさすらうタビビトなのだ。それに、いつも大人ぶって(イヤ確かにオトナなんだけど)教えてくれない先生を見返してやる、いいチャンスかもしれない。
 僕らはたちあがった。だれもなんの合図もしなかったけれど、心が通じる瞬間はなにも言わなくてもわかるもんなんだ。ショータは拳をふりあげた。
「よし、絶対タナカ先生の年齢をつきとめてやるぜ!」
「おー!」
 かあ、かあ、とカラスが鳴いて、オレンジ色の空へと帰っていく。話しているうちに、ずいぶん時間が経った。でも、別にいい。サッカーをやってても、多分このくらいの時間になるまで、家には帰らなかっただろうから。
 僕たちは、真っ赤に燃えてる太陽に向かって拳を突き上げた。
「真実は、いつもひとーっつ!」
 だってそうだろ? 先生の年が、ハタチだったりハクサイだったりするわけ、ないのだから。

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