カルマの坂-14


 翌朝。
 地主は自宅の廊下で倒れているところを、屋敷の召使によって発見された。警察(町のではなく、国から派遣された)の調べによると、それはどうやらとても剣に熟練したものの仕業だそうだ。屋敷の中を調べると、金の皿数枚が盗まれ、金庫が叩き潰されていた。警察は、強盗殺人として犯人の行方を追っている。
 同時に、地主が普段使用している奥の間の、そのまた奥の部屋から、少女の遺体が発見された。窓ガラスが割られていたことから、部屋へと侵入した犯人はまず少女と鉢合わせし、少女を殺害したのだろうと事件担当者は見ている。
 この少女の身元は確認されていない。地主には娘はおらず、また殺害当時の姿からもこの家の使用人でないらしい。町の人の話によると、この町では常習的に人売りや人買いが行われていたようであるため、少女は地主に買われたのだろうと推測している。警察関係者は人の売買については口を閉ざしているが、今回の事件により、この町の実態が徐々に暴かれつつある。
 ただ、少女に関して不審な点がいくつかある。
 奥の間で殺されていた少女は遺体は胸の上で手を組み、きちんと整えられていたという。絶命する寸前、少女が祈りをささげたのか、はたまた犯人がやったことなのか、真相は定かではない。
 また、盗まれた皿の行方だが、今朝になって、町の質屋に入れられているのを確認した。だが、質に入れられた皿は一、二枚であり、さらに発見される質屋の場所も広範囲に分布しており、警察は、犯人の真意を測りかねている。
 これらの謎を含めて、警察は捜査を進めている――。

 ラッシュは新聞をとじた。
「――だってさ」
「ふーん。……続きは? もうないの?」
 文字の読めない俺は、ラッシュに新聞を音読してもらうしかない。ショーウィンドウに飾ってあるラジオだったら、今日の事件も放送されてるんだろうけど、さすがにラッシュも俺も、そこまでする肝っ玉はなかった。いくらなんでも。
 門を見張っていた連中は、突如現れた長身の男に殴られたことしか覚えていないらしい。廊下でのびていた召使も答えはおなじで、唯一わかっているのが、犯人はでかいのとちっこいのとの二人組みだったことだけだそうだ。ちっこいのとは憤慨だ。
 さて、残された二つの謎――それは、俺達にしてみればなんでもないことなんだけど、警察の奴らは謎を解こうとうんうん唸って躍起になっている。普通に考えれば、簡単にわかるもんなんだけどね。
 俺達の謎解き(って、謎を仕掛けたんだからこういうのも変だけど)は、こうだ。
 町中の質屋で金の皿が見つかった理由はこうだ。犯人は特に皿は不要だったので、町のホームレスに配って回ったのだ。金の皿は食べられないが、売ればそこそこな金になる。とても単純だ。
 それから――こっちのほうは、ずっとわかりやすい。殺した少女にそんなことをしたってことは、犯人は被害者に特別な感情をもっていたってこと。
 で、その犯人達はというと、町を一望できるこの場所から自分達のことを書かれた新聞を他人事のように読んでいる。
「これからどうするんだい?」
「あ? あー、どうするかな。お前は?」
「僕はまだやることがあるから」
「あ、そ」
「それから――ああ、まだあったよ」新聞をがさがさやっていたラッシュが顔を上げた。「町の自治をとりしきっていた地主がいなくなって、新しい地主――じゃないや、町長さんがくることになったんだってさ」
「へえ? 来ても一緒じゃねえの、こんな町」
「そうでもないよ。実際、お金で買収されてはいたけれど、地主に不満を持っていたヒトはたくさんいたみたいだから。それに、町長は王国から直に派遣された信頼ある人らしいからね。でもこれ、一応国家機密なんだな。一部の人間しかしらないから、他の人に言っちゃダメだよ」
「ふーん……え」
「ごめん、黙ってた」
 こいつ――ラッシュの方が、俺にとっちゃでっかい謎だ。
「……そんな顔しないでよ。言ったろ、国家機密だって。こうするしかなかったんだ」
 言ったラッシュの顔は、困っているみたいだった。いつか見た、奴隷の行列を見ているよな顔。
「もっと、他の方法がなかったのか、僕だって考えているさ……もっとも」
 今更考えてもおそいけどね。やっぱり悲しげに、呟いた。
「嫌だったんなら、やめときゃよかったのに」
「そういうわけにはいかないよ。大人の後始末は、大人がきっちりやらないと」
「あ、そ」
 膝まで生えた雑草を、さあ、と風がなぜてゆく。白い花の綿毛が飛ばされて、空に舞い上がる。月も無かった昨日と比べて、空は見事なまでの快晴。俺まで悲しくなるくらい、青い空。
 町は相変わらず、灰色の空気がすっぽり覆っている。工場の出すスモッグと、馬車の巻き上げる埃、それに、人々の吐き出す息。それら全てを覆うように、朝もやの白いヴェールが覆っている。
 俺は空を見上げる。
「泣いてもいいんだよ」
「……はあ?」
「いや、泣くのかなとおもって」
「わすれてた」
「君らしい」
 ラッシュも空を見上げる。
「明日も晴れだね」
「わかるのかよ」
「僕の勘」
 ――そりゃ当てにならねえな。俺がいうと、ラッシュはムキになって言い返した。
 本当さ。明日からも晴れるんだ、と。
 雨も降るかもしれないけれど、それでもそのうち晴れるんだ、と。
「訳わからねえぞ」
「うん、僕もおかしいなって思った」
 パン屋の煙突から煙が上がる。馬車馬の歩く音が響く。人の声が徐々に増えていく。
 今日も一日が始まる。
 俺達が悩もうと、怒ろうと、悲しもうと、それでも、今日は何事も無い顔をして、やってくる。
「行くよ」
「どこへ?」
「どこか遠くへ」
「そうか」
 また会おう、と男は言った。
 俺がそのときまで生きていれば、と俺は言った。
「縁起でもない」
「あんたはその心配はないんだろうけどな、騎士さんよ。それとも、これからは町長って呼んだほうがいいか?」
「うわ、黙ってたこと根に持ってるだろ」
「るせえ」
 この男の名は結局最後まで分からなかったけれど、それでよかったのかもしれない。どうせ二度と会うことの無い奴だ、知らないほうがいい。――ただ、俺はちょっと残念に思っている。こいつは、俺の名前をまともに呼んでくれそうな唯一の大人だったから。
「じゃあな」
 俺は歩き始める。
 男は何も言わない。
 しばらくして、向こうも歩き始める気配がして、
 俺は立ち止まる。
「なあ!」
 遠くのほうで、男が振り返った。
「俺の名前、教えてやろうか!」
 返事はない。聞こえない、とでも言っているのだろうが、俺は構わず続ける。
「俺の名は――」

 パンドラの箱の、最後の最後に残るもの。それは、
「ウィルってんだ!」

 どこかで誰かが言っていた。
 異国の言葉で、それは、willと書くのだと。
 そしてそれは、明日とか、そういう意味を成すのだと。
 そのときは、なんの皮肉かと笑ってしまったけれど――
 いつか、また会う機会があれば、そのときに教えてやろうと思う。

 あの娘に会えただけで、それだけでよかったんだと思う。それだけで、希望ってやつを少しだけ、知ることができた。
 それ以上を望んだから、世界は表情を変えてしまった。
 痛みなら、ありのままを感じいるさ。
 希望は死んで、俺は生きた。それで別にいいことがあるとは思わないけれど、俺は今、間違いなく生きている。生きたからには、生きなきゃならない。
 その先に希望があるのかどうかなんて、わからない。
 でも、

「……腹、へったな」

 俺は、生きなければならない。
 それが、俺に科せられた『業』――カルマなのだ。


―― お話は ここで終わり ある時代の ある場所の 物語 ――

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>>脳内設定全開でごめんなソーリー(反省の色無し)ポルノグラフィティのアルバム『warldillia』から。初めて聞いたときから、いっぺんこういうのをやってみたいと思っていました。数ヵ月越しで完成。旧本屋さんから引きずってきたやつです。
楽曲をテーマに物語を作るってめちゃくちゃ楽しいです。オリジナルより数倍書きやすかった。でも著作権とかいろいろありそうだ……ポルノファンの妹には一応ウケてましたが、はたしてこれでいいのだろうか。みつ吉的『カルマ』ということで大目に見てください(逃)
曲を聞いたことの無い方は是非レンタルしてでも聞いてみてくださいな。アコースティックな感じでよいです。

>>補足の補足
多分中学二年生位の作品です。リアル中二病ですね。生温かく見守っていただけたなら幸いです。