カルマの坂-13


 でかいドア(ラッシュの言ったとおり、ごてごてと無用な飾りがたくさんあって、ドアノブが何処にあるのか探すのに少し時間がかかった。金持ちはムダが好きだ)を押し開けた。
 そこは、やけにだだっ広い場所だった。真ん中にテーブルが置いてあって、座れば腰まで沈みそうなくらいふわふわの椅子が周りを囲んでいる。それに、でかい暖炉、皿、壺。他にもぶ厚い本の詰まった棚だとかいろいろ置いてあったけど、広い部屋は一向に広いままだ。俺はアイツの姿を探した。いない。ラッシュはたしかに、ここに居ると言ったのに。
 部屋の置くに、ドアを見つけた。入ってきたドアとはうって変わって、随分あっさりしている。
 ドアを開ける。中はランプも点いていない。真っ暗だった。こちら側の光が差し込んで、室内を照らす。ぼんやりと、部屋の中の様子が浮かび上がった。
 さっきの部屋とは全く違う。随分と狭い。変な部屋だ。真ん中にベッドが置いてあって、そのベッドには上から薄いカーテンみたいなのがたれている。あんなものが真ん中にあって、邪魔にならないのだろうか。その周りには、ところ狭しとモノが置いてある。人形だとか、鏡だとか。
 部屋の真ん中のベッドの裏っかわで、ごそりと人の影が動いた。
 ――いた。
「おい、助けに来たぞ」
 大声は出せない。小声でささやく。反応なし。
 今度は少し近づく。ワザと大きな足音も立つように歩く。――反応なし。
「なあ、おい!」
 我慢できずに、俺は少女の前に回りこむ。俯いて、ぬいぐるみを抱きしめて、そいつは座っていた。眠っているのかと思ったら、ちゃんと目を開いていた。
 少女は、ゆっくりと――恐ろしいほどゆっくりと、顔を上げた。
「おい、なにしてんだ、逃げるぞ!」
 手をつかんで、立たせようとする。まだ鎖がついているのかとおもったら、何もなかった。それどころか、きれいな洋服を着て、髪の毛もきれいにくくっていて、きれいなリボンもついていた。
 明るいところで見たなら、まさに、『天使』に見えたかもしれない。
 でも――俺にはどうしても、今の少女が天使だとは思えない。天使? これが? どこが?
 これじゃあまるで、人形だ。
「――なんだよ、これ」
 希望はいとも簡単に、なくなってしまった。
「こんなのってないだろ! なあ、返事しろよ! なあ! おい!」
 おもわず、肩をつかんで揺さぶっていた。少女の首が、がくがくと揺れた。その動きが、いかにも魂の無いものの動きで、俺は思わず手を放す。
 少女は俺を見つけると、ゆっくりと、微笑んだ。
 そう、それは、天使の微笑み。
 頭がぐらぐらする。世界が崩れる音を聞いた気がした。
 遠くから足音が聞こえた。俺は逃げる気もおこらなかった。小さなドアの入り口から、ラッシュが顔を出す。
「こっちの用は済んだよ」
 ラッシュは俺と少女を見比べると、すぐに異変に気付いたらしかった。静かに俺の後ろにやって来る。少女はラッシュにも、微笑んだ。
「――この子かい」
 俺は頷いた。魂を壊された少女は、何がおかしいのか、天使のようなきれいな声で、ころころと笑っている。
「――もう、だめだ。帰ろう」
 ラッシュが腕を引っ張って、俺を立たせようとする。俺は腕を振り切ると、ラッシュの剣をもぎ取った。ラッシュは、何も言わない。
 鞘を捨てる。少女はまだ笑っている。
 ラッシュが、言った。
「後悔しないのかい」
「……なにを」
 一瞬、少女と目が合った。少女は不思議そうに、首をかしげた。
 ――開けてはならない箱の中に残されたのは、希望なんて、生易しいものではない。
 俺は剣を振り下ろした。
「何を後悔していいのか、わからねえ」
 少女は最後の最後まで、笑っていた。

 目の合った一瞬、その一瞬だけ、少女の声を聞いた気がした。
 「ありがとう」と言ったように聞こえたのは、俺の身勝手な想像だろうか。
 血に濡れた剣を持ち、俺とラッシュは、屋敷を後にした。



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