キラキラ星つかまえた



 こんなことを言うと、あなたは笑うかもしれませんが、私は一度、宇宙を旅したことがあるのです。
 ええ、本当ですとも。
 ほら、やっぱり笑った。そうですよね、とうてい、しんじられっこない話ですもの。
 でもね、ほら。これを御覧なさい。キラキラ光ってきれいでしょう?
 これはね、お星さまのかけらです。私が宇宙で拾ったものなんです。
 ――おや、その顔は、まだ信じられませんか?
 それなら、一つ、お話してあげますよ。
 聞きたいですか?
 ありがとうございます。
 では、始めましょう。
 おほん。
 それはまだ、私がベッドで眠っているときのことでした。



「お星さまをとりに行かないかい?」
 と、彼が言いましたので、隣で眠っていた私は、おもわず、
「えっ?」
 と聞き返しました。
「お星さまですって? それって、お空で輝く、あの?」
 もちろん、そのお星さまさと彼はこっくりしました。
 わたしはどきどきしていました。お星さまを取りに行くだなんて、なんて素敵な話でしょうか。なにをかくそう、わたしはいつも、一度でいいからお星さまを食べてみたいと思っていたのです。夜空であんなに一生懸命またたいているのですもの、きっとお星さまは金平糖のように甘くて幸せな味がするに違いありません。
 ですが、私は首を横に振りました。彼は嘘つきで、わたしを騙すのをひとつの楽しみとしておりましたので、この話もどのみち、嘘だろうとおもったです。
「だが、君は行きたそうな顔をしているよ」  しまった! 私は緩んだ頬を押さえました。私はポーカーフェイスというものが大の苦手なのです。彼は微笑みながら言いました。
「騙されたと思って、僕についてこないかい」
 ここまで言われては、私もついていかないわけには行きません。私はおずおずと(本当は、心臓がタップダンスを踊っているかと思うくらい、胸をどきどきさせていたのですが)平静をよそおってうなずきました。
「じゃあ、行こう! 実は、もう券は手に入れてあるんだ」
「券って?」
「これさ」
 彼はポケットから、くたくたになった細長い紙切れを二枚取り出しました。

 乗車券(往復)
   極光の見える丘〜イーハトーブ間
   1700発 十六夜列車三号車
   19××年 神無月星降りの夜当日のみ有効
                       銀河鉄道発行

 なるほど、たしかに汽車の乗車券です。
 チケットをポッケにしまうと、彼は手を差し伸べて言いました。
「さあ、いざ行かん。めくるめく、輝ける星々の世界へ!」
 こうして私は銀河鉄道に乗って、宇宙の旅へと出発したのです。

 ところで、宇宙の世界がどんなものか、貴方がご存知ですか? 知りませんか?
 私も、じっさい宇宙に行ってみるまで全く知りませんでした。
 わたしたちが地上から見上げる宇宙といいますのは、吸い込まれそうに真っ暗で、お星さまたちの光も頼りなく、どこかさびしそうなところです。
 ですが、本当の宇宙といいますのは、もっと明るいものなのです。
 銀河鉄道を走る十六夜列車には、たくさんのお客さんがいました。奇妙な形の帽子の紳士、見る角度で色が変わるドレスの婦人。
 人間以外でも、お茶会帰りのウサギさんや、腰まである長靴をはいたネコさんや、ライオンとイヌの親子連れもいました。
 遠足の団体のように、みんなはおしゃべりを楽しみます。それはとてもにぎやかですが、誰もとがめだてする人はいません。だって、みんながみんな、おしゃべりしているのですもの。
 駅員さんの帽子を目深に被ったアナグマの車掌さんが、彼らの切符を切って回ります。やがて、私たちの番が来たので、私はどきどきしながら乗車券を差し出しました。アナグマの車掌さんは、
「おや、ちいさいのに、二人連れで旅行かい」
「僕たち、星をとりに行くんです」
 横から彼が答えました。
「ほお、星を。私も昔は、人魚姫の海岸で星くずを拾って遊んだものだ」アナグマの車掌さんは帽子を被りなおしました。「今はちょうど星降りの時期だから、きっと良い星がみつかるよ」
「ありがとう」
「気をつけていくんだよ」
 私はにっこりして、ギザギザ印のついた切符を受け取りました。

 ――すばる中央広場。すばる中央広場。次は白鳥ステーションに止まります。

 ちょうどそのとき、車内アナウンスが流れました。
「降りよう」と、彼が私の手を引きました。「星降りの谷へはここからが一番近いんだ」
 私と彼は列車を降りました。すばる中央広場には、背高のっぽの外灯が六つと、チビの外灯一つが、わを描くようにたっています。それからあちこちで星屑を燃料にしたランタンが灯り、まるでお日様がもうひとつ、うまれたみたいな明るさでした。
「宇宙とは、なんともにぎやかなところですね」
「今日はとりわけ、星祭の夜だからね」
 広場にはたくさんの露店が店を開いておりました。フランクフルト、から揚げ、当て物や占いの屋台もありました。
 中でも目を引くのは、金平糖のお店です。色とりどりの金平糖が一杯につもった透明なガラスケースをどんと正面構えておりまして、ここのお店はいつだって行列なのです。
 金平糖一袋は星のかけら一つと交換で、店のおじさんは、星のかけらとお砂糖をミキサーにかけて、金平糖を作るのです。
 本当のことをいいますと、私はとっても金平糖が食べたかったのです。なぜって、お星さまの味を確かめる、すばらしい機会でしたから。
 ですが、彼と来たら、私のほうなど見向きもせずに、
「あんなの、どこにでもあるよ。それより、星をとりにいくんだろう?」
 そういうと、さっさと歩き出してしまいました。はぐれてしまっては私は家に戻れません。後ろ髪をひかれつつ、私は彼の後を追いました。
 それからずいぶん歩きました。先へ進むにつれ、人通りは少なくなっています。お祭りの太鼓や笛の音が、歩いたぶんより遠くの方から聞こえてくるようで、私は少し怖くなりました。広場の明かりが徐々に遠ざかります。
 笛の音がついに、すっかり聞こえなくなってしまったとき、私はたまりかねて、彼に声をかけました。
「ねえ、もうずいぶん遠くまで来てしまったようですよ。帰りましょうよ」
 彼の袖を引いて言いましたが、彼はさっさと歩きます。
「ねえったら!」
「もうすぐだよ」
 彼はようやく立ち止まりました。
「ほら、あっち。見えてきた」
 彼の指差す先――薄桃色の灯りが燃える外灯の、もう少し先には、うっすらと、明かるくなっています。空の真っ暗闇の中で、きらりと何かが光り、すっと弧を描いて消えました。
「リハーサルだ。早く行かなくちゃ、間に合わないよ!」
 何がはじまるのでしょうか。私は尋ねましたが、彼は何も言わないで、私の手を引いて走り出しました。
 星降りの丘には、すばる中央広場と変わらないくらいの、たくさんの人がいました。てっきり、私はだあれもいない、寂しいところを想像していましたので、すこし、驚いてしまいました。
「あっちのお祭りは、ただみんなが騒ぎたいだけなのさ。本当の『祭』は、こっちのほうだ」
 彼は空を見上げました。わたしも、一緒に上を向きます。空はお月様もなく、ただ天の川がさらさらと流れています。辺りは瞬きの音すら聞こえそうなほどしんと静まりかえっていました。それはなんだか、開演前の劇場の空気に似ていました。
 頭の上をまっすぐに伸びる天の川の右手から、淡い桃色の光があらわれました。羽衣を身にまとったお姫様です。殆ど同時に、左から、質素な、けれど気品のある着物の男の人が現れました。
「あれが織姫と彦星」彼が指差し教えてくれました。「この祭りは、あの二人が一年に一度、再会する日を祝っているんだ」
 織姫と彦星のは天の川にかけられた橋を渡り、手を取り合いました。
 殆ど同時に、二人のはるか上空で、キラリ、と何かが光りました。すうと夜空を切りさいて、お星さまが一つ、夜空を流れていきました。
「星降りの始まりだ!」
 誰かが叫びました。それを合図にしたかのように、空の上、私たちが見上げる織姫と彦星のはるか上空から、数え切れないほどの流れ星が傘のようになって、大量に降り注ぎました。
 流れ星は地面にあたるとパチンとはじけて、小さな星くずになります。星くずたちはきゃらきゃらと笑うような音を立てて光り輝きます。千や万の流れ星が砕けてできた星くずで、あたりはどちらが空か地面か分らないほどになりました。
 あちこちで、声にはならないため息が自然とこぼれ落ちました。わたしも、そのため息の持ち主の一人でした。多分、この場所に立って、そうしない人なんていないでしょう。
 誰ひとりとして声すら上げず、ただ空を見上げています。ですが皆、思っていることは一つなのです。
「なんて美しいのだろう!」
 キラリと一つ、とりわけ光り輝く星が、わたしめがけて流れてきました。あっ、あぶない! 驚いて目をつむり、そっと開いたとき、わたしはまたまた驚いてしまいました。小さな流れ星が、私の目の前で、ぴったりと止まっているのです。
「それは君のだ」彼が後ろから言いました。「手にとってみなよ」
 わたしは手を差し伸べました。本当に小さな流れ星で、地面に転がる石ころくらいのものでした。ですが、私には、その小さな光は他の流れ星など叶わない、ひときわ輝くものに見えたのです。
「それが、君だけの流れ星さ」
「わたしだけの、ですか?」
 彼はうなずくと、私の手を取りました。
「さあ、帰ろう。それが手に入れば十分だから」
 星降りのお祭りはまだ続いていました。
「わたしは、もうすこし、ここに居たいけれど」
「ダメだ。あの切符は星降りの夜のみ有効なんだ。もう行かないと、銀河鉄道に乗り遅れてしまう」
 彼は例の切符を見せて、わたしに帰りの切符を渡してくれました。
 星降りの祭が静かに続く中、わたしたちは小さな星を胸に抱き、星降りの丘を後にしたのでした。人々は魂を抜かれてしまったように呆然と空を見上げ、空を織姫と彦星は、一年に一度の逢瀬を満足するかのように、いつまでも、優しく微笑んでいました。

 すばる中央広場は、しんと静まり返っていました。あれほど明るかった外灯も、にぎやかな屋台も、笛も、太鼓も、なんにもなく、ただかろうじて、わたしたちが通ってきた道だけが、闇の中をまっすぐに伸びています。
 わたしと彼は走りました。息は切れて、足もずいぶんいたかったのですが、そんなことを嘆いている時間はありません。後ろの空では、まだ流れ星たちがこぼれ落ちていましたが、彼が言うには、あとほんの一時のことだそうです。次の列車に乗り遅れては、わたしたちは宇宙から帰れなくなってしまいます。
 わたしは必死で走りましたが、あんまり早く走ったせいで、転んでしまいました。その拍子に、胸に抱えた流れ星が、パリンと二つに割れてしまいました。
「大丈夫かい?」
 彼が手を引いてくれます。わたしはうなずき、割れたかけらを拾い集めると、すぐに再び走りました。ぼおーっ! と汽笛が聞こえました。ゆっくりと、銀河鉄道の黒くて巨大な身体が動き始めています。わたしは、無我夢中で走り、必死の思いで手すりにしがみつきました。彼はまだ、後ろで走っています。
「早く!」
 わたしは精一杯身を乗り出して手を差し伸べました。しかし、あと少しというところで、届きません。ついに、彼の姿は遠ざかり、闇の中に消えてしまったのでした。
 わたしは彼が飲み込まれた闇を呆然と見やりました。そこはどうしようもなく、暗くて深い、宇宙の闇が広がっているのでした。
 涙がでそうになりましたが、後ろから肩を叩かれましたので、急いで振り返ると、
「切符、拝見します」
 アナグマの車掌さんでした。わたしは黙って切符を差し出すと、背を押されるまま、座席に着いたのでした。
 ふと、握りしめていた流れ星を見やりました。二つの欠片の、一つがなくなっていました。きっと、彼に手を差し伸べたときに落としたのでしょう。彼が拾ってくれていれば、いいのですけれど。
 いちだんとちいさくなっても、仄かな暖かさは変わりません。わたしは流れ星をぎゅっと胸に抱き、目を閉じました。流れ星が全身をやわらかく包んでくれているかのように、全身が、ぽかぽかと暖かくなりました。走りつかれたせいか、わたしはそのまま眠ってしまいました。

 ☆

 そして、目を開けると、あなたがわたしの前にいた、ということです。
 これで、わたしの宇宙旅行のお話はおしまいです。





☆☆☆
その後、彼は、どうなったのかって?
それはね――