カルマの坂-11


 地主の家には、金ぴかのツボだとか、ごてごてと絵が描かれた皿だとかが、いたるところにおいてあった。こんなもん置いたところで目が痛くなって、はっきり言って通行の邪魔になるだけだ。趣味が良ければまだマシってものだが、あの金髪の豚はセンスの欠片も持ち合わせていないから、まったくもって不快でしかない。
 そのとき俺はあからさまにいやーな顔をしていたのだろう。ラッシュは苦笑いして言った。
「ま、金持ちはみんなこんなものさ」
「おまえも?」
「僕は金持ちじゃない」
「王さま直属の騎士なんだろ?」
「騎士はみんながみんな金持ちなんじゃないよ」
 真剣な顔で言った。俺らよかマシのクセに。
 俺は廊下を見回した。皿やら壺やらは、どれもこれも趣味が悪いくせに、ことごとく金の掛かりそうなものばかりだ。こんな金、どっからでて来るんだろう。町の奴らが治める税金だとかは、全く当てにできないはずなのに。
「奴隷を隣町に売ってできた金は、何処へ行くと思う?」
「え?」
「以下の三つの中から選べ。いち、税金として政府に納める。に、町運営の資金になる。さん、地主の懐に納まる」
「……」
「そういうこと」
 ラッシュが静かに呟いた。
 その後は、俺達は無言だった。
 召使三人と、犬一匹を黙らせて、そうこうするうちに、突き当たりの階段までやってきた。それまで俺達は廊下を堂々と歩いてこられたんだからオドロキだ。この屋敷の壁には、よほど高性能な防音効果があるのか、それともどんな騒ぎが起ころうと、屋敷の守り人は気にしないだけなのか。ちなみに俺は後者だと踏んでいる。
 ――この階段を昇って突き当たりの廊下に、あいつがいる。地主もいる。
 見上げると、ラッシュもこころなしか緊張しているようだった。俺なんか心臓が凍りそうなほど緊張しているってのに、こいつは「こころなし」だけだ。騎士だからこういう武力行使に慣れているのか、それとも本当は緊張しているのか、例にならって何も考えていないだけなのか……。
 俺はふと思い出して、聞いてみた。
「なあ、地主と話してた『計画』ってなんなんだ」
 ラッシュは驚いたようだった。
「知っていたんだ」
「まあな」
 俺はラッシュと地主の会話を思い出す。町の平和をまもるとか、なんとか。わいろも貰っていたはずだ。
 ラッシュは困ったように笑顔を見せた。まあ、知られて困るもんじゃないし、教えてあげるよ――。
「地主は、町の浮浪者たちを一掃するために、あることを企んでいた。この辺、君は聞いていたんだよね?」
 俺は頷いた。「それ、あんたも関係していたんじゃないのか?」
「頼まれてたよ」
「了解しなかったのか」
「当たり前だろ、僕はこの町の状況を改善するために、ここへ来たんだから」
 でも、その計画って確か、この町をよくする計画なんじゃなかったか?
「その内容、知ってる?」
 たしか、町の浮浪者を始末するとか言ってたはずだ。始末って事はようするに。
「俺達を、お前らが殺したりするのかとおもってたけど」
「たとえ地主の行いでも、人殺しは犯罪だからね。地主の考えとはこうだ。騎士である僕の力をもってして、町の浮浪者たちを捕まえる。で、隣町に売りつける。町の治安はそりゃあ多少は、地主の懐も潤って、まさに一石二鳥」
「……なるほど」
「えらく乱暴だろ?」
 つまり、手荒なまねってのは、そのことだったのか。納得。
 階段を昇りきる。長い廊下の向こうに、ラッシュが言った『ムダに飾りの多いおおきなドア』が小さく見えている。あれだ。
 向かおうと、俺が一歩踏み出した、そのときだった。

「なにをやっておるのかね」

 振り返ると。
 顔をまっかにして、たこみたいになった、と形容するのもたこに失礼な気がする顔になった地主が仁王立ちしていた。
 コイツが、俺達を苦しめている、最大の悪。
「この騒ぎに、わしが気付かぬとでも思ったのかね?!」
 今まで気付いていなかったくせに、何を抜かしてやがる。どうせ、トイレにでも行った帰りのくせに。
 地主は武器らしいものは何も持っていない。強いて言えばそのブックリ太った肉体が唯一の武器なんだろう、押しつぶされれば俺なんか簡単に内臓破裂してしまうだろうから。でも、この地主はそれが出来るほどすばやく動けないし、俺も地主に圧し掛かられるほど、トロイ動きはしない。――とすると、今が一番のチャンスだ。
 俺はそっとポケットに手を伸ばした。ラッシュに剣を奪われたからといって、へこたれる俺じゃない。果物ナイフをポケットに忍ばせておいたのだ。人殺しをするためにここへ侵入ったんじゃないけれど、せめて肉体ダメージくらいは与えたかった。
 とりだそうとしたとき、ラッシュが俺の手をつかんだ。驚いて顔を上げる。ラッシュは首をふる。
「君は先へ行きなさい。少女を助けるんだろ?」
 ――そうだ。
 俺は、こんなところで、こんな奴を相手にしている暇は無い。
 助けなくてはならないのだ。
 俺はポケットから手を出すと、きびすを返して駆け出した。地主は何か叫んで俺を捕まえようと手を伸ばしたようだが、ラッシュにさえぎられたようだった。
 俺はいちもくさんに、長い廊下を走った。



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