カルマの坂-6

 俺は大通りからの帰り道を歩いていた。顔がにやけて仕方ないから裏通りを選んで帰った、なんてことは、ラッシュには絶対に秘密だ。何を言われるかわかったもんじゃない。
 裏通りだから、当然道は細いしいつも薄暗い。街灯ひとつだってありゃしないから、夜にもなれば人気は完全になくなる。ま、街灯なんてしゃれたものがあったところで、どうせちゃんと機能していないだろうけど。
 裏通りではあるものの、この辺はこの町でも、一番治安がいいところかもしれない。この通りの壁は地主の家を囲っている塀なのだ。浮浪者は近づかない。ついでに、人通りの少ない裏通りだから、警官もすくない。灯台下暗しってやつだ。ちょっと違うか?
 地主の家の前を通りかかると、なにやらこそこそした人影が見えた。やばい。地主に見つかるのはやっかいだ。俺は反射的に逃げかけたが、確かこっち側には使用人の使うちいさなドアしかないハズだった。
 こそ泥か? まあいい、どうせ俺には関係ない。あのたるんだ面が少し引き締まる、いい機会さ。俺は無視して通り過ぎようとした。
 それから、門から出てきた人物を見て、俺はコンマ何秒で物陰に身を潜めた。
 ――ラッシュがいた。
 もしかしてあいつ、ヘマやって捕まったんだろうか。俺は少しだけ心配になったので、様子を伺った。しゃあねえな、助けてやるか。邪魔なやつだが、ヤツのお陰で飯は一人のときより楽しくなったのだし。
 だが、どうも様子がおかしい。
 暗くてよく見えないけれど、ラッシュの着ている服はあのぼろっちい服ではなく、もっと上等そうなもののようだった。
 地主とラッシュは話をしているようだった。
 どうやら捕まったわけではなさそうだ。じゃあ、なんであいつ、あんなところにいるんだ? 俺は気になって、気付かれないようにじりじりと近づいた。幸いここは裏通り、いつも薄暗い。
「――では、そういうことで」
 ラッシュの声がした。俺は耳をそばだてた。
「はい、わたしとしてはもう十分でございます」
 俺は驚いた。いつもはエラソウにして町を練り歩いている地主が、ヘコヘコしている。ラッシュは頭を下げる地主に、エラソウに(いつもの地主みたいだ)うんうんうなずいてから、
「――今わたしは浮浪者の少年とともに、町外れで暮らしています。潜入調査です。そしてわかったのですが、あなたのおっしゃるとおり、あのような生活をしているものが溢れかえっているようでは、この町には平和はいつまで経っても訪れません。あなたのおっしゃるとおり――手っ取り早い方法は、町の平和を奪う連中を始末してしまうということですね」
「では――あの方法でいくのですね」
「ええ。少々手荒な真似をしますが、よろしいですか」
 地主は嬉しそうにうなずいた。
「どのような方法でもかまいません、われわれの望みが叶うのなら」
 ラッシュはにこりと笑った。いつも俺が見ているのと違う、冬に拾った石みたいに冷たい笑みだった。
「それを聞いて安心しました。それでは、もう日も暮れましたので、今日はこの辺で」
「はい、わかりました。ありがとうございます。これは、ほんの気持ちですが……」
 地主はラッシュの手にちいさな袋を握らせて、会釈してそそくさと去っていった。ラッシュはしばらく袋を眺めて、懐になおした。
 俺はしばらく突っ立っていた。
 ――馬鹿みてぇだ。
 少しでも希望を抱いた、俺が。
 こいつはまだ、まともな大人かも知れないと思っていた、俺が。
 それから、すぐに駆け出した。
 ラッシュがこっちを振りかえる。俺の姿を見つけたようだ。
 誰がそっちへ行くもんか。
 俺は元来た道を駆け出した。背中から呼び止める声が聞こえたけれど、俺はかまわず走り続けた。

/ TOP /